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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8926号 判決 1958年7月08日

原告 大久保や江 外一名

被告 水戸部伴寿

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは「被告は原告らに対し、東京都品川区北品川二丁目一二六番地宅地二五一坪一合九勺中約三五坪の地上にある家屋番号同所四二一番、木造瓦葺二階建住宅一棟建坪約二三坪二合五勺外二階約一二坪を収去して右敷地を明渡し、かつ昭和三二年二月一日から右土地明渡ずみまで一ケ月金五二五円の割合の金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として、

「一 請求の趣旨表示の宅地二五一坪一合九勺はもと訴外福岡某の所有で、同人は大正一〇年三月二二日被告に対し右土地中約三五坪を、期間大正一三年三月二一日まで、賃料一カ月八円七五銭毎月末日払、普通建物所有を目的とするという約で賃貸し、被告はその地上に請求の趣旨表示の建物を所有している。

昭和一五年八月二八日福岡某は前記土地を訴外大久保親太に売り渡し、ついで同三一年一二月二八日親太死亡によりその妻である原告大久保や江、孫である原告大久保美須子が共同相続し、右土地の所有権および被告との賃貸借関係は順次原告らに承継された。その間賃貸借は更新され更新後二〇年の法定期間は未到来である。なお賃料は値上げされ一カ月五二五円となつた。

二 前記建物は建築後三六年半以上を経過し、土台、柱は腐朽し、梁は狂い、屋根も著しく破損し、窓は開閉不能で、もはや適当の修繕では建物の社会的効用を全うすることができなくなつており、昭和三二年一月末日をもつて朽廃の状態に達したので、借地法第二条第一項但書により被告の借地権は同日消滅した。

三 そこで右建物を収去して右敷地を明渡し、かつ昭和三二年二月一日から明渡ずみまで一カ月金五二五円の割合の賃料相当損害金の支払を求めるものである。」

と述べ、被告の権利濫用の主張を否認した。

被告は主文と同旨の判決を求め、請求原因に対し、

「原告主張一、の事実は認め、二、の事実は否認する。被告は本件家屋を修築しなお使用しようとするものであり、修築すれば右家屋はなお長年の使用に耐えるものである。

被告は右主張と併列して、本件請求は次の事情により権利の濫用にわたるものであるから失当であると主張する。すなわち昭和三二年中原告らは被告に対し本件敷地の実測坪数が契約坪数より二坪ほど上廻るからこの分だけ権利金を支払われたく、また賃料も増額してほしいと地代家賃統制令違反の申入をなし、賃貸借継続の意思を表明しながら、被告がこれを拒絶するや、被告が本件家屋修理のため居住者を立退かせたのを好機として仮処分を執行し腹いせに本件請求に及んだものであつて、被告はこれによつて物心両面にわたり莫大な損害を被つているのである。」

と述べた。

立証として、原告らは証人佐藤貫一の証言、鑑定の結果および証拠保全における検証の結果を援用し、乙第一、第三号証の成立を認め、その他の乙号証は知らないと述べ、被告は乙第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証を提出し、証人永井一公、同水戸部源四郎の各証言を援用した。

理由

一、原告らの請求原因一、の事実は当事者間に争がない。

これによれば、本件賃貸借の成立(大正一〇年三月二二日)は借地法施行(大正一〇年五月一五日)前であるから、同法附則第一七条により、約定の三年の期間にかかわらず、同法施行時までに経過した期間を加えて二〇年と法定され、その後更新された期間もまた二〇年である(同法第五条、第六条)から、結局期間は昭和三六年三月二二日までとなるわけである。

二、原告らは原告主張の建物はすでに朽廃の状態に達し、その敷地に対する被告の借地権は消滅したと主張する(借地法第六条第一項、第五条第一項、第二条第一項但書)。

鑑定の結果および証拠保全における検証の結果を総合してみると、本件建物は建築後すでに長期間を経ていながら修理が十分でないため、著しく破損し、(イ)建物全体が一〇度ほど西に傾き(ロ)土台石が全般に沈下し、高低ができている部分があり(北東側)、(ハ)土台および柱の土台に接する部分も腐朽した個所が多く、(ニ)梁や床板、壁、羽目板も部分的に破損しており、(ホ)屋根瓦も殊に南側半分において破損著しく、(ヘ)建具の開閉不十分(北側半分)であること、(ト)但し本件建物のうち以上に述べた点以外はおおむね通常の家屋の形を保ち、二階の部分および南側半分は比較的安定していて、腐朽状態も顕著でなく、南側一階六畳間には永井一公が居住していること、を認めることができる。

そして鑑定の結果によると、現状のままでは安全な建物ではないが、最善の方法により修理(基礎、土台の敷なおし、柱の根継、その他補強、歪みの復旧、補強柱および筋違の取付、梁の補強、床根太および板取替、屋根の全面葺替、壁の塗替、壁板の張替等の保全方法をとつた場合)をすれば、今後なお十数年の耐用は可能であろうことが認められる。

三、以上の事実によつてみた場合、本件建物が借地法第二条第一項但書にいう朽廃の状態に達したかどうかを考える。まず同規定の趣旨からいつて、朽廃とは、建物がその社会的効用を全うすることができないほど腐朽したことをいうことは疑がないが、現状は一応そうであつてもなお修理、すなわち建物の同一性を保つたままでの保全方法をとることによりなお使用に耐える場合が問題となるわけである(なおすでにかような修理をした場合も同様である。)

(イ)  借地法が、長期の約定期間ある場合を除いて借地期間を法定したのは、借地権者を保護するとともに地上建物を保全してその社会的使命を全うさせるためであり、従つて期間満了前建物の朽廃によつてその使命が完了したと認められるときはこれによつて借地権は消滅することとしたわけであるが、この場合朽廃の有無を建物の自然的な寿命のみによつて判断すべきであるとは解されない。

すなわち前述した程度の人工を加えて建物の寿命を延長することは前記規定の趣旨にかえつて合致するであろう、そして修理と認められる程度であれば、その規模の大小にはかかわらないはずである。

但し修理してもその後の効用において非常識な程度に採算がとれないような場合は無意味であるから除くべきである。

(ロ)  民法施行法第四四条第三項は民法施行前に設定した地上権について、その地上建物に修繕または変更を加えたときは建物の朽廃すべかりしときに地上権は消滅する旨定めたが、借地法にはかような規定はおかれていない。

(ハ)  建物の修理を継続して行けば結局朽廃はなく借地法第二条第一項但書は無用に帰するとのおそれが考えられるが、修理を加えようとするほどの借地権者であれば、期間法定による保護を及ぼして差支なく、この場合でも期間満了という消滅原因によつて賃貸人の利益は通常の程度には保護されるのである。のみならず、かような修理の継続にも結局限度があるはずであるし、一方修理をしないで全く朽廃する場合のありうることはもちろんであるから、前記規定は無用とは考えられない。

以上の観定から、前記のように建物の同一性を害しない程度の加工、すなわち修理を加えることによりなお建物の効用を保ちうる場合は、なお朽廃とはいえないと解すべきである。

四、本件建物は腐朽の程度が相当進んでいることは間違ないけれども、なお修理を加えれば若干期間使用に耐えるものと認められる。すなわち鑑定の結果によれば十数年の耐用のためには改築に近い保全方法をとらなければならぬことが認められるが、その程度に至らない修理を加えてもなお若干期間の使用は可能であることは、右鑑定の結果および検証の結果を総合してみて、うかがうことができる(南側半分が比較的安定していて細部に手を入れさえすれば居住に適すると認められることを考え合わせるべきである。)。

なお被告が現実にどのように本件建物を保全しようとするか、あるいは取りこわし、改築しようとするかは問うところではなく、客観的に本件建物の状態によつて朽廃の有無を決すべきであることはもちろんである。

また本件建物を修理しても明白に採算がとれないほど無意味であるかというと、その修理の程度およびその後の利用方法により種々異る結果を生ずるであろうが、少くとも右のような意味で修理が無意味であることを認めるには足らない。

五、以上の理由により本件建物はいまだ朽廃の状態には達していないと認められるから、朽廃を前提とする原告の本件請求は理由がない。そこで訴訟費用を敗訴の原告らの負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇)

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